初めて歩く白馬三山の旅
昔の話です。
登山を始めて間もない頃、まだ見たことのない長野県白馬村の背後に連なる北アルプス後立山連峰に憧れを抱いていた。
梅雨が明けて、山にも本格的な夏が訪れた。毎週のように山に登っていた僕の気持ちは次第に高まり、旅の計画を立てて実行した。
この話は、これから迎える本格的な夏を前にふと思い出した記憶です。
白馬三山の記憶
2014年7月26日
永遠と輝くネオンを抜け出し、暗く静寂な白馬村に到着したのは夜明け前のこと。
暗闇の中、土地勘のない白馬村の中を車のナビゲーションに従い、この旅の起点となる猿倉と呼ばれる場所を目指した。
徐々に細くなっていく山道を進み、予定通り深夜2時ごろ猿倉に到着すると、すでに大量の車が駐まっていた。梅雨明けのこの日を皆待ち望んでいたのか、考えることは同じだった。
仕方なく山麓へ折り返し、タクシーでアクセスし直して準備を済ませて、ヘッドライトの明かりを頼りに暗闇の中を歩き出した。
少しずつ夜が明け始め、赤く染まっていく北アルプスの山々に興奮した。
当初、テントを担いでじっくり楽しむ予定だったが、明日からの天気は下り坂。装備を軽く足取りも早いスタイルで白馬三山をその日のうちに駆け抜ける計画に変わった。
日が昇るにつれて、徐々に身体が起き始めてきたが、同行した同級生のM君は仕事の疲れと深夜の運転のせいもあり、足取りがとても重かった。
重い足取りで先に進んでいくと、「おつかれさん!ようこそ大雪渓へ」と書かれた白馬尻小屋に到着した。夏でも大量の雪が残る白馬大雪渓手前にあるこの小屋では、前泊して大雪渓を登り始める登山客がたくさんいた。
ここで、同級生のM君が、「俺、ここで仮眠していくわ。」
まさかの一言と、睡眠不足でイラついていた僕は、「だから(しっかり準備してと)言ったじゃん!」と少し怒り気味に言ってしまった。
今更ながら怒鳴ってしまって申し訳ないと思うが、サングラスをかけたある人の言葉を借りるとその時の僕はきっと、「真剣にやれよ!仕事じゃねぇんだぞ!」といった気持ちだったのかもしれない。
開始30分ほどで一人になった僕は、大雪渓を登る準備を始めた。
雪渓は登っていると、足下ばかりに気を取られてしまい、落ちてくる岩に気づかないので注意が必要とのこと。
下から見上げるよりも傾斜は緩い。登り途中で振り返ると、湿気を帯びた雲が海の如く白馬村を覆っていた。
白馬村は又の名を「Hakuba Valley」と呼ばれているとおり、山々に挟まれた渓谷になっているため、空気が溜まりやすい地形になっている。
夏の風物詩と感じる白馬大雪渓に連なる人の列。そして、大雪渓が終わるとそこから先は、高山植物が最盛期を迎えていた。
この他にもたくさんの種類の高山植物が咲いており、国内でも数少ない貴重な場所となっており、雪と植物が織り成す白馬岳を早速堪能することができた。
高山植物の群集を抜けると、店員1000名の日本で3番目に大きい山小屋、村営白馬岳頂上宿舎に到着した。
自動販売機では、缶ビールが販売されており、設備の充実度が高いことに驚いた。
ここで、一人の男性に話しかけられた。話を聞いていくと、群馬県在住で北海道の札幌市出身だった。まさかこんな場所で僕の故郷である北海道の人に会えるとは思わなかった。
頂上宿舎から数十分歩くと白馬山荘に到着した。壁面が赤で統一された日本最大規模の山小屋であり、ここが富山県と長野県の県境になっている。
山頂に無事到着すると、白馬岳から遥か遠くの霞んで見える山々までくっきりと観ることができた。
雲一つない今日という日に、ここ白馬岳山頂に立てたことに感謝しかない。
盛夏とは思えないほど空気が澄んでいる中、屏風絵のような立山連峰と剱岳の山容が際立つ。
この先の稜線を歩くのも粋な旅になりそうだ。
そして、夏山シーズン一番の天候のおかげもあり、白馬岳山頂から日本海まで見渡すことができた。山から海を観ることで、日本が島国であることを改めて認識することができる。
先を急ぐ前に、白馬山荘に隣接するレストランで休憩を挟むことにした。
まるでゲレンデのレストハウスのようなその空間は、本当に標高3,000m付近にいるのかと疑問に思ってしまうほど、綺麗で充実した場所だった。
あまりゆっくりしていると、帰れなくなってしまうので先を急ぐ。ここで札幌出身の男性とは軽い挨拶をしてお別れした。
これから向かうは、白馬三山の一つ杓子岳、そして白馬鑓ヶ岳。
この二峰を踏破して、白馬三山を制覇しなければ、猿倉には帰れないと自分に言い聞かした。
雲が湧き上がってくる中、勢いよく進み杓子岳に到着した。
日本人のオーラルケアが問題になっている昨今だが、そんな問題を振り払うかのように、山頂では男性が歯を磨いていた。
広大な台地上の地形が延々と続く。北アルプスは大きく、広く、雄大だ。
白馬鑓ヶ岳へ向けて歩みを進めた。
過酷な環境に生存する高山植物。一生懸命生きている姿があるからこそ、人の目を奪うのかもしれない。
先ほどまでいた白馬岳山頂がもう遠くに感じる。
最後の白馬鑓ヶ岳を無事踏破。徐々に雲が湧き上がり、山頂からの景色も薄れてきた。
分岐を白馬鑓温泉へ向けて急ぐ。
途中、ところどころに咲く高山植物の数々に、足を止めてしまい、なかなか前に進まなかった。こんなにも種類と数が多い山は初めてだ。
無事、高山植物の群生を抜け、最後の雪渓を滑り降りれば白馬鑓温泉だ。
夏山シーズンの土曜日ということもあり、山小屋はすでに大賑わい。
温泉のおかげか、テント場の地面が暖かく感じたのは気のせいか。
日の出が綺麗に見える場所にあるので、いつかテント泊で泊まりたい。
ゆっくり温泉に浸かり、酒を飲みたいところだが、同級生M君と待ち合わせした時間に間に合わないため、足湯で軽くリカバリーを済ませて猿倉まで少し走ることにした。
途中、標高が下がるにつれて気温が上昇し、身体の水分が一気に抜け始めて脱水気味になった。飲み物はもうほとんど残っておらず、熱中症の危険性もある中、沢から流れる水が目に入った。迷っている暇も思考回路もなく、命の泉の如く大量に流れ出る水を飲んだ。その後、体調はなんともなかったが果たして。。。
一心不乱に歩いて(走って)、猿倉に到着したのが約束の17時手前。すでに同級生M君は、白馬岳山頂を往復して1時間前に到着し、ウトウト昼寝をしていた。
猿倉から山麓の駐車場へタクシーで戻ろうとしたとき、早朝タクシーに乗せてくれた運転手が偶然居合わせた。話を聞くと、スキーが好きで神奈川県から白馬村での生活に憧れて移住したという。旅の最後に、僕たちは白馬村の魅力を感じることができた。
白馬三山を旅して
夏の北アルプス。雪の大雪渓。花の高山植物。日本海の眺望。標高2,000mの温泉。
数年前の記憶を振り返ってみても、忘れていないその景色と感動に自分でも驚きました。短い夏の最盛期に最高の天気だったことが、今も尚、鮮明な記憶として脳裏に焼き付いている理由かもしれませんが、それ以上の魅力が白馬にはあったのでしょう。
日帰りで白馬三山を歩いたのは、今考えたらもったいないような気がしますが、他の誰よりも凝縮された濃い一日だったと自負してます。でも、次来るときはゆっくりと時間をかけて縦走したいと今は思います。
今年の夏はすでに始まっています。まだ行ったことない方も、何度となく訪れている方も、夏の思い出の一つに白馬三山を楽しんでみてはいかがでしょうか。
4年後に温泉泊まりに行きました。